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■□■ アルゼンチン料理 ■□■

argentina

◆ 訪店日

  2008年10月27日(月)

◆ お店

  『エル カミニート』

     都営大江戸線赤羽橋駅 徒歩5分

       http://e-food.jp/cgi-bin/restfind/view1.cgi?no=1466

◆ つぶやき

じゃみーらリーズナブルで、結構ボリュームがあって、おいしかったです。
もっと辛い料理が多いのかと思っていましたが、ふつうでした。
お店の人の愛想が悪かったのが、マイナスポイント??(じゃみーら)

みやちゃんアルゼンチンといえばアルゼンチンタンゴの音楽とそのダンス。
同じタンゴのダンスでも、燕尾服の男性とオーストリッチの飾りのついた華やかなドレスの女性が華麗に舞うヨーロッパのボールルームダンス(日本では「社交ダンス」と呼ばれることも多い)の中のタンゴとはかなり違う。
何が違うかというと、わかりやすく言えばアルゼンチンタンゴは男女の密着度がより高く、脚の絡まり合うようなステップで、女性の衣装も深いスリットの入ったセクシーなものが多く妖艶な世界である。
それというのもそもそもタンゴは1880年頃アルゼンチンのボカ地区という貧しい移民たちでひしめきあう港町の酒場で生まれたからである。
最初は、男同士が荒々しく踊ったのが始まりで、やがて娼婦を相手に踊るようになり、アルゼンチンでは良家のお嬢様などは踊ることをはばかられる下級階層のダンスだった。
それが1910年代にはいってフランスのパリの社交界で人気を博した(実際には、これはフランス風にアレンジされたタンゴなのだが)のを機に、アルゼンチンでもタンゴが市民権を得て、人々の間で普及していき、今ではアルゼンチンタンゴだけの世界規模のダンス競技会などもひらかれるようになった。
日本でも「ラ・クンパルシータ」、「エル・チョクロ」、「カミニート」などのタンゴの古典といわれるような曲は有名である。
題名を知らなくても、耳にすればどこかで聞いたことがあると思う人も多いだろう。
そういうわけで、タンゴの音楽は初めダンス用の音楽として生まれたのだが、それを従来のタンゴ音楽とはまったく違う音楽のみとしても十分聴きごたえのある芸術の域に高めたのがアストル・ピアソラ(1921−1992)である。
彼が作品を出し始めた当時は、「こんなのはタンゴではない!!」と異を唱える人も多かったそうだ。
彼の出現は、「タンゴ革命」とも呼ばれている。
私はもともとよくタンゴを聴いていたけれど、初めて彼のバンドネオン演奏による彼の作品をCDで聴いた時、まさに「革命」という言葉がピッタリくるように大きな衝撃を受けた。
そこには今までのタンゴには必ずあった歯切れのよい一定のテンポがなく、音は時に静かにゆっくり流れ、また別のある時には現代曲のようにメロディーを口ずさむことのできない不協和音が鳴る。
深夜の石畳の人気のない通りに捨てられた空き缶が、折からの風にカラカラと乾いた音をたて、ちぎれた紙屑が舞い上がる。
そんなわびしい情景が浮かんでくる。
長く余韻を引くようにゆっくりしたヴァイオリンのメロディーが深い夜のしじまに吸い込まれていくようだ。
そして、また別のあるときは激しく速いテンポの不協和音が不安定な響きを作り上げる。
彼の作曲した曲の中で何か1曲あげるとすれば、「リベルタンゴ」である。
その曲名は、「リベルタ(自由)」と「タンゴ」という言葉を掛け合わせた造語である。
フィギュアスケートやCMなどでもよく使われているポピュラーな曲だ。
ピアソラ自身の演奏も勿論よいが、私はこの曲に関しては、チェリストのヨーヨー・マの演奏が好きである。
リサイタルで聴いた彼の「リベルタンゴ」の熱く深く艶のある響きには心を揺さぶられた。
     ASTOR PIAZZOLLA 「TANGO : ZERO HOUR」 IRS RECORDS
     YO-YO MA 「Soul of the Tango /PIAZZOLLA」 ソニー・ミュージックエンターテイメント
(みやちゃん)