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■□■ エジプト料理 ■□■

egypt

◆ 訪店日

  2007年11月1日(木)

◆ お店

  『ネフェルティティ東京』

     JR目黒駅 西口 徒歩2分 
     東急目黒線目黒駅 西口 徒歩2分 
     都営三田線目黒駅 西口 徒歩2分 
     地下鉄南北線目黒駅 西口 徒歩2分

       http://www.nefertititokyo.com/japanese/concept.html

◆ つぶやき

みやちゃん≪ナイルの流れは時を超えて≫
お店の名前の「ネフェルティティ」は、エジプト新王国時代の第18王朝(紀元前14世紀頃)の王妃の名前である。
絶世の美女だったそうで、今でもエジプトはもとより西欧でも「ネフェルティティ」といえば「美女」の代名詞だとか。
また、彼女は、黄金のマスクで有名なツタンカーメン王の義母でもある。
エジプトの歴史はミステリアスでとても魅力的だが、なにしろ「新王国」といえども3000年以上も昔の話になるし、人や動物の姿をした神様の名前もたくさん出てきてわかりづらいところもあるかもしれない。
特にネフェルティティが生きた時代は、アメン信仰からアテン信仰へ、そしてまたアメン信仰へと激しく宗教改革の嵐が襲った時代であった。
アメンとは?
アテンとは?
当時の市民はどんな風に暮らしていたのだろうか?
それには、なんといっても小説が素晴らしいガイド役である。
もちろんフィクションであるから全てを史実だと思ってはいけないけれど、歴史年表を見るのとは違って、当時の世相というのがよく見えてくる。
特にエジプト学者でもあるフランス人のクリスチャン・ジャックが書いた古代エジプトをテーマにした小説は、当時のいろんな階層や職業の人の日常生活が描かれ、そこに謎解き的な要素も加わりとてもおもしろい。
特に お勧めは、第19王朝のラムセス2世を主人公にした作品である。   
     「太陽の王ラムセス」1〜5巻 クリスチャン・ジャック著 青山出版社
さあ、ラムセスの足跡を訪ねてナイル川を遡ってみよう。
アスワンは、古代には上エジプトと呼ばれていたエジプト南部の町である。
観光地ではあるものの、比較的小規模の落ち着いた静かな町である。
ナイル河沿いに車の走る大通りが伸び、その内側にスーク(市場)や住宅が広がっている。
河の中州にある近代的な大きなホテルに行くためにホテル専用の無料の渡し船がでている。
ホテルに荷物を置き、伝統的な帆掛け舟ファルーカに乗る。
この辺りは、褐色の肌のヌビア人が多い。
私達の乗ったファルーカを操る青年もヌビア人である。
グレーのガラベーヤ(エジプトの民族衣装)と褐色の肌に鮮やかなクリーム色のマフラーが映えて美しい。
ファルーカは風を受けてジグザグに進む。
ヌビアの青年は巧みに舵を操る。
木の舵棒を足の間に挟んで立ち上がると、太鼓を叩きながら、ヌビアの歌を披露してくれた。
「アヤナーリー、アヤナーリー」リズミカルなメロディーが何度も繰り返される。
途中、名探偵ポアロを生み出した推理小説作家アガサ・クリスティが滞在したヨーロピアンスタイルの豪華なホテル「オールド・カタラクト」のチョコレート色の壁が見えてきた。
白いフランス窓と所々白く縁取りされた両脇の塔のような円形の建物がいかにも18世紀の貴族の館のようだ。
トルコ石のように明るく晴れた青空と、サファイアのように深い青をたたえたナイル河。
それらの青いフロアの上を、何艘ものファルーカの白い帆がまるで白いドレスをまとった乙女たちのようにドレスの裾を風にはためかせながら華麗に舞う。
西岸に目をやると、リビア砂漠につながる砂の山が、午後の陽をうけてトパーズ色に輝いていた。
風紋によってその表情を変える砂の大地は、さながら何気なく置いた黄金色のシルクの布のようだ。
アブ・シンベル神殿に行くためには、アスワンから約30分ほど飛行機に乗らなければならない。
航空会社のトラブルがあり、出発はすっかり夕方になってしまった。
飛行機は50人乗りぐらいのプロペラ機であった。
窓の下には、無人の砂の海が波打っている。
人家はもちろんのこと、通りも植物も見えない。
地平線の彼方までベージュ色の砂の大地だ。
西に傾いた太陽が、右前方に見える。真っ赤な大きな太陽が西空をオレンジ色に染め、砂の大地を燃えたたたせる。
すでに暗くなっている手前の砂は濃い茶に、西の地平線の辺りは黄金色に輝いていたが、それも見る見るうちに夜の大地に飲み込まれていった。
あとは残照に紅く染まった雲が大地に沿うように横にたなびいていた。
地上には明かり一つなく、星が近くに見える。
閉館10分前に着いたアブ・シンベル神殿の入口付近はすでに暗く、人の姿もなかった。神殿はダムの建設のために1960年代に今の場所に移築された。
神殿の後方にあたるチケット売り場の前を通って、すっかり暗くなってしまった道を回り込むようにして正面の方に出ると、突然斜め下からライトアップされた高さ20mの巨大な4体のラムセス2世像に見下ろされることになる。
夜の神殿は一層神秘的である。
この神殿は長いこと砂に埋もれていたのが、19世紀初頭にスイス人の東洋学者ブルクハルト氏によって発見されたそうだ。
ラムセス2世は新王国第19王朝の2代目のファラオで、その治世は67年間ともっとも長く、ルクソールのカルナック神殿など数多くの巨大な建築物を残したことでも有名である。
また、ガイドの説明によると、彼の妻は35人で、子供は100人とも200人ともいわれているらしい。
とにかくやることなすことスケールが大きい・・・・・(みやちゃん)